男の娘 女装子

【ゲイ】ママに女として育てられた男の子の末路・・・・・・・

チンポも幼児並み

私をこんなふうに育てたのはママですけど、小学校の頃はそうでもなかったはずです。

銭湯の女湯に連れて行かれてましたがあくまでも男の子として入っていました。下着も勿論男の子のものです。実ははっきりとは覚えていないのですが男の子用のブリーフだったと思います。

高校生になっても小学校時代の半ズボンを家では穿かされていたから、それはよく覚えているのですが、どんなブリーフだつたのか、それとも普通の下着パンツだったのかも覚えていません。

しかし家にずっといるママと二人きりで暮らしているのだから、どうしても言葉使いや動作仕草が女性的になるのは仕方なかったと思います。だって父親、兄弟といった男性が傍にいたことがなかったのですもの。

ただ環境だけでそうなったわけではなく、生まれた時から虚弱で体力もクラスの女の子の平均より劣っていました。ボールの投げ方も女みたいと言われたし、キャッチボールもできません。走る格好も腕を横に振って女の子と笑われていました。別にママに習ったわけでもないので私自身の女の子資質のせいでもあるのです。

学校では男の子として男便所で立ち小便を普通にしていましたが立ち小便器のない家では大便器に立ってしたことはなく、当然のようにしゃがんでおしっこをしていました。

四つ年下の従弟の隆一君がよく遊びに来ていて私にとても懐いてくれて仲良しでした。四つ年上の私は彼を弟のように可愛がってやりました。彼が小学校に入ってからやはり男の子らしく腕白になってくると私の手に負えなくなってきました。

2年生になると6年生の私は彼が取っ組み合いを仕掛けてくるのが怖くて逃げていました。それにママと女湯に入っていることを揶揄ったり、私の色の白い細い手足を女の子みたいと自分の方が強いんだと優位性を示そうとするようになってきました。

それでも「2年生のくせに生意気言うな」と私が彼の頭をぽんと叩くと逃げていって反抗しようとはしませんでした。心根は優しく私を慕ってくれてはいたのです。

それが中学1年になって小学校3年の彼に抵抗して争ったにもかかわらず負けてズボンを脱がされた私は女の子のように女の子の仕草でワァッと泣き伏してしまったのです。だって恥ずかしいズロース姿を弟のように扱っている従弟に無理矢理見られてしまったのです。その頃は毎日女の子の小学生の振りをして女湯に入らされて、私自身が女の子思考になってしまっていたし、従弟の前ではズロースを見られた中学女子になってしまっていたようです。男のくせにズロースを穿いてると言う恥ずかしさとともに中学女子が年下の男の子に下着を見られたという恥ずかしさが重なって「ワァッ」と泣き伏してしまったのです。

怒ってみても小学3年の彼に喧嘩で勝てないこともわかっている私はズロース姿をさらけ出したたけで泣くしかなかったのです。泣き声を聞きつけて飛んできたママは、二人の態度を見て私を女の子として育てるしかないと思ったのじゃないでしょうか。

その日以降、私にくっついていた甘えん坊の隆一君は年上の私を自分の女として好きなように扱う男に変身してしまいました。

でも私は何度泣かされても、強い男の彼に従っている立場に幸せを感じていました。

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