リーマン

【ゲイ】阪急電車に勃起してるイケメンリーマンがいたんだが・・・・

もう一度会いたいんです・・・

46年前の思い出

46年前、俺は今でも鮮明に思い出すことが出来る体験を2つ持った。

そのうち一つは阪急電車内での俺からの痴漢で始まった。電車は25分どこにも留まらない。

奴と俺は扉付近に立ち、向かい合う形になっていて奴の顔を見て俺はハッとする。

今でいうイケメンリーマンで視線を下すと奴の股間はもっこりしている。

俺は奴の股間に触れたくなり、電車の揺れを利用して俺は手の甲を奴の股間に当てては離しを繰り返すが、奴は俺を避けない。

俺が思い切って奴の股間を掌で包むと、奴は腰を突き出し、俺の掌を押し返し、奴の股間は熱を持つ。

奴は俺の手を押さえながら緩く上下に動かし、奴のもう片方の手が俺の股間を弄り、互いのちんちんが勃ちあがって、俺は確信する。

奴は俺との行為を求めている。

降りる駅KNとなり、俺が振り返ると奴も降りていて俺がニャッと笑うと奴もニヤッと笑い、俺は奴を山寺に誘い、寺の参道で俺は奴の小ぶりな半包茎のちんちんをフェラする。

奴はあっけなく達して俺の口中にミルクを放ち、奴も俺のをフェラし、俺も達する。

その後、俺は奴を四つん這いにして奴のケツの穴を舐めると奴は快感に善がり、尻をそして腰を震わせて喘ぎ声をあげながら自らちんちんを扱いて二度目のミルクを放つ。

その一か月後、再び俺と奴は電車の中で出会い、奴はケツが弱いの知っていた俺は電車の中で奴のスーツの上から奴のケツタブを撫で挙げ、奴のケツ穴を指でつつくと、奴は脚を震るわせる。

そして今度は奴を自宅に誘い、ベッドの上で奴のケツを舐め、揉み、奴は嬌声を挙げて達し、その後、三度目の電車の中で出会いがあるが奴は連れと一緒にいたため発展はなく、俺は名刺を奴に渡した。

しかし奴からは連絡も貰えず。それ以来、奴とは出会えなくなる。

連れは奴の同僚らしく、二人共エンブレムのついたブレザーを着ていた。

聞くところ奴は俺の降りる駅から支線に乗り換えたTという街に住んでいるという。

逢いたいなあ。

今度はゆっくりと奴のケツを嬲りたいなあ。

快感に悶えさせたいなあ。

奴のを。そして奴のちんちんを咥えミルクを飲みたい。

互いに爺の歳だが俺は未婚で今でもオナニーでちんちんを扱き、ミルクを出している。

次の彼。

彼とはミナミの本屋で知り合った。ゲイ雑誌がまだ売られていた時代で彼は声をかけてくる。

「買うのですか?」

「買ったよ」

「見せて欲しいな。」

「いいよ。」

彼は美青年で彼にふさわしいちんちんだ。

大きくもなく、そして半剥けのちんちん。

俺と彼との短い会話の後、彼を家に誘う。

人の通らない地下道で俺と彼は抱擁し、互いに股間を弄りあう。

阪急のKN駅で降り、抱擁し股間を弄り合いながら家に戻り、カバンを置いた後、家の近くでパンツの上からちんちんを刺激し合い、山寺の山道でフェラをし合って一度目のミルクを出す。

布団に入る前、俺と彼は全裸を晒して見せ合い、抱き合ってキスをして二度目、夜中に彼のちんちんを弄り三度目、明け方に四度め、そして起きて家を出る前に彼は5度目のミルク放出をせがみ、俺は彼のミルクを解く。

互いにミルクを飲み、扱き合い、フェラで、69でちんちんを愛しみあった。

俺は会社員2年目、彼は神大生で四国出身のA・Hといい、阪急神戸線Rで下宿をし、卒業後はS百貨店に勤めたというがs百貨店は解散している。

阪神大震災の時、俺は彼の下宿先を訪ねたが、彼とは連絡が取れなかった。

あれから46年、あの頃はフェラと扱き合いだけだったが、今となっては彼の乳首、玉、そしてアナルを舐めて愛せばよかったと悔やまれる。

彼は今でもたっぷりとミルクを溜め込み、解き合うものがいるのだろうか。

sという会社の解散の不遇を越えて、元気にしているのだろうか。

彼の美しいちんちんに触りたい。

咥えて悦楽の顔が見たい。

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